SPI NEWS

2017年7月号:地上波キー5局テレビスポットCM、
“「個人視聴率」及び「録画番組CM視聴率」での取引導入提案”への見解

いつも「エスピーアイニュース」をお読み頂きまして誠にありがとうございます。

先般、在京キー5局より、テレビスポットCM取引に新指標を導入する旨が、表明されました。
具体的には、“「個人総合視聴率」及び「録画番組CM視聴率」での取引導入”を提案するものです。

現状は「世帯視聴率(録画番組CM視聴率は対象外)、つまり1%視聴率=xx円」と「本数、つまりCM1本=yy円」という2つの取引形態がある

企業のマーケティング・広告宣伝活動における費用/価格/投資対効果についての、測定/ベンチマーキング/透明化/最適化、を使命とする株式会社エスピーアイは、日本における「広告購買監査=media buying audit」の第一人者として、また「“メディアから独立した中立的立場”を堅守するメディアスペシャリスト/コンサルタント」として、本件についての現時点での見解を纏めました。
弊社にも、早速各企業様から様々な御質問や御相談が寄せられており、これらも踏まえての見解となります。

1.「取引方法変更案」の合意プロセスの問題

今回の問題の一つに、広告主側と充分な議論や合意形成がなされる事無く、TV局サイドが主となって本案が発案され、且つ一方的に具体的導入方法とタイミングが提示されている事、があげられます。

そもそも”取引形態の変更”は、TV局/代理店/広告主が充分な議論を重ねた上で、公式正式な合意の下に行われるべきものです。導入のタイミングが先行するのではなく、技術的な検証と、関係団体での合意形成が先行するものだ、と言えます。

今回の提案は、広告主にとってあまりにも唐突であり、充分な議論やリスク分析がなされているとは思えません。

2.リスクの把握、個人視聴率への切り替え

個人視聴率方式によるスポットCM取引形態は、世界的な流れですし(欧米等)、喜ばしい動きという事で良いと思います。
但し、今の段階いくつかの問題点があり、その部分を議論していく必要があります。

「世帯」から「個人総合」への切り替えである点

個人視聴率導入のメリットは、本来“ターゲット別(kids/teen/MF123)視聴率”で購入する事により、更にCMを「狙っているマーケティングターゲット」へ効率的に到達する事ができる、という点です。

しかし今回は、あくまで「個人総合」での取引であり、メリットがあまり見えません。TV局側は視聴率が「世帯から個人へ移行してきている」事を理由にしていますが、これをあくまで「個人総合視聴率(全性年齢の合計)」でしか使用しないのは何故なのか?そこにどんな意味があるのか?数値上どこがどう違ってくるのか?現状明確であるとは言い切れません。

切り替えロジックの問題

現状で、世帯→個人への「取引単位移行」の際の“係数”は、一律で約2、と提示されています。つまり、世帯視聴率10%=個人視聴率5%=個人含有率約50%、という前提が全広告主に適応されます。
しかし、本当にそうでしょうか。

時間帯や時期により個人含有率は異なりますから、当然広告主によって過去実績「個人含有率」は異なります。例えば“個人含有率の高いAタイムGRPが多い(コの字等)”広告主とそうでない広告主では「個人含有率」が異なりますので、もし本当にapple to appleな変換を求めるのであれば、過去実績ベースで分析し変換係数を設定する、というのも検討する必要があるかもしれません。

3.リスクの把握、「録画番組CM視聴率」の加算

この点については、はっきり言って、広告主は断固反対すべきです。

スポットCM購入の目的からの乖離

まず、スポットCM購入の目的から考えて、そぐうものではありません。スポットCMのメリットは、「キャンペーン期間/セールス期間」等に合わせた“決められた期間限定”でCM放映ができる事であり、「録画番組CM視聴率」は「期間外の視聴率」である事から、スポットCM投下の意味を根本的に無視するものです。

例えばですが、「半額キャンペーン、8/21-8/31限定!」いうCMは、録画番組中で9/1以降に見られても全く意味が無い、という事です。これを“取引対象の視聴率に加算する”というのですから、広告主にとっては全くナンセンス且つ筋の通らないものであり、TV局の「販売在庫水増し」だと断じられても仕方が無い事でしょう。

計算方法の問題

現状の視聴率は、時報1分単位で計測され、且つ「1分間完全に見ていなくても、一定以上見ていれば、当該時間帯には視聴率が付帯され」ます。つまり、「12時00分00秒~12時00分59秒」は同視聴率になります。

これから考えると、「録画CM視聴率」は過大評価される可能性大です。スキップや早送り機能を適応させる場合でも、“番組本編が終わった瞬間”にCMを飛ばすのは無理でしょう。そうなると、特に番組終了後1発目のCMは「見ていた」と見做され“(本当はほぼ見ていないのに)CM放映前の番組視聴率が付帯される”事になり、実態との乖離が生じます。

このような測定詳細ロジックも、どこまでキチンと説明され、また理解されているのか、疑問です。

4.結論として、現在広告主はどう対応すべきか

今こそ、広告主が声を上げて、少なくとも来年からの導入については延期するよう、強く求めるべきです。そして、“「録画番組CM視聴率」の加算”には、断固反対すべきでしょう。
既にJAA(日本広告主協会)は動きをみせていますが、各広告主は広告代理店を通じても強く反対を申し入れるべきです。

日本では特にその業界特性上、広告代理店は「完全にメディア側の代理店(=広告主側では無い)」だと考えられてきました。今回は、日本の広告代理店にとって、そのような見方を覆す為の1つのチャンスではないでしょうか。少なくとも「広告代理店=広告主、メディア、双方の代理店」であるならば、今回は広告主側の意見を真摯に汲み取り、メディア側との調整機能を果たす事を期待したいものです。

5.本件から見える、TV業界の課題

インターネット広告の登場と発展により、現在の広告取引はより“広告主にとって、より効果=ターゲットへの到達状況が明確なもの”と「*思われる(*実際には、インターネット(デジタル)広告取引には様々な不透明部分が存在し、本当の取引状況や効率が可視化できているとは言い難い。)」形態へ、向かっています。

具体的には、インターネット広告は広告主のニーズに対応し「ターゲット、地区、掲載期間、掲載量、等がリアルタイムでコントロールできる」テクノロジーが次々に導入されており、パフォーマンスが詳細に数値化されています。だからこそ、インターネット広告への投資割合が増えているのです。

ところが今回、TV広告において、全くもって時代の流れに逆行する提案がなされました。録画視聴率という「広告主が望まない、キャンペーン外」での広告接触を取引指標に加え、取引在庫のカサ増しを意図するものと考えられます。しかもこれが、広告主側との綿密な調整がなされないかなり一方的な提案として突如TV局側からなされました。

広告やマーケティングの全体トレンドから見ると「広告主ニーズに反する、驚き」がありますが、一方で日本のメディア/広告業界で長く広告購買監査等を担ってきた立場からは“更に取引を闇化し広告主の立場から更に遠ざかるのが体現された、という「残念な嘆き」”を感じます。

TV業界が、視聴率ダウンによる「在庫=取引できる視聴率量」の低下、に悩んでいるのはよくわかります。しかし、方法が宜しく無いのではないでしょうか。

本来であれば、魅力的な番組を作り「視聴率を上昇させて、取引在庫を増加させ」「広告主がより安心してTVCMへ投資できる」環境を作り、“個人視聴率取引の「性年齢別」”を導入してより効率的なTVCM投資を可能とするのが、あるべき姿ではないでしょうか。“個人視聴率取引の「性年齢別」”導入は、ある意味「世帯視聴率が下がっても、個人性年齢別をうまく使えば在庫有効活用ができる」余地を生むものであり、TV局側にとってもマイナス面だけではないはずです。

また、「録画番組CM視聴率、の加算」は、より“ドラマ等、録画視聴率が高いとされる番組”が広告主のリスクになり、TVCM自体の非効率化を招き、ひいてはTV CM投資へマイナス影響になってしまうという長期的リスクを生じさせる可能性もあります。

まとめになりますが、 TV局側が主になり尚且つ一方的に具体的導入方法とタイミングが提示されている事、個人視聴率導入と“「録画番組CM視聴率」の加算”を一緒に取扱い「意味の無い視聴率を混ぜ、取引在庫増、ひいては「実質視聴率の値上げ(意味の無い視聴率が混入する為)」」を狙っている(ように見ざるを得ない)事 、が問題です。
繰り返しになりますが、今こそ広告主が声を上げて「延期」と「録画視聴率の加算、断固反対」を表明していく時です。

なお、本来の録画視聴率の価値は、継続的コミュニケーションやブランディングを目的とした「提供番組」におけるCM挿入/提供クレジット露出やPR/パブリシティ、等にて反映されるべきではないでしょうか。

また、「録画視聴が普及したから、リアルタイム番組視聴率が落ちた」とは本当なのか、より考察する必要があります。「録画するから見ない」ではないのでは?見られない時間帯にTVをやっている/見たい番組が同時にやっている“だけど録画だから見られる”のではないだろうか?といったようなものです。

弊社エスピーアイでは、本件について今後も動向を注視し、適切な提言を行っていけるよう、努めていきたいと考えております。

文責:渡辺あゆみ(広報担当/シニアアナリスト)&小久江士郎(シニアコンサルタント)

より詳細な情報をお求めの方は、spiindex@spi-consultants.netまでご連絡下さい。

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